営業は科学化された。だが差は消えない。
〜営業組織の物語〜
営業は、科学で説明できるようになった。
それでも、結果の差は消えない。
現在、多くの企業では営業はすでに科学化されている。
トークスクリプトがあり、研修があり、マニュアルが整備されている。
新人でも一定の成果を出せる仕組みが用意されている。
それでも、売れる営業と売れない営業は必ず生まれる。
同じ商品を扱い、同じスクリプトを使い、同じ研修を受けているのに、結果には大きな差が出る。
その差は、技術では説明できない。
ある営業組織で、興味深い現象が観察された。
業界最大手の企業で、年商は100億円を超える。
営業の教育制度も整っており、研修やスクリプトも体系化されている。
それでも営業成績の差は消えなかった。
成績の高い営業の行動を観察すると、特別なテクニックを使っているわけではない。
むしろ基本的な動きを忠実に繰り返していることが多い。
違っていたのは、顧客の見方だけではなかった。
自分の仕事の見方も違っていた。
営業の現場では、さまざまな言葉が使われる。
目標、達成、成功、失敗、ノルマ、売上、貢献、昇格。
これらの言葉は、同じ意味で理解されているように見える。
しかし実際には、その言葉が指している世界は人によって違う。
例えば「失敗」という言葉一つでも見える世界が変わる。
ある人にとって失敗とは、能力の欠如であり、やる気の不足であり、自分には向いていないという証明になる。
しかし別の人にとって失敗とは、気づきの機会であり、学びのチャンスであり、成功の必要経費になる。
失敗の経験が増えるほど、成功に近づくものとして理解される。
同じ出来事でも、使っている言葉の意味が違えば、見えている世界はまったく違う。
営業の技術は共有できる。
しかし言葉の意味は人によって違う。
すると奇妙なことが起きる。
同じマニュアルを学び、同じ研修を受けても、その内容が再生される人と再生されない人が生まれる。
営業の技術はソフトウェアのようなものだ。
しかしそのソフトウェアが動くかどうかは、どんな言語が頭の中にインストールされているかで決まる。
営業とは、言語ゲームである。
この組織では、その違いを観察しながら、営業で使われる言葉の意味を再定義していった。
すると、静かに結果が変わり始める。
前職では月収7万円程度だった主婦が月収140万円に到達する。
前職フリーターの営業が月収180万円に到達する。
平凡だった青年の営業成績は組織全体の中で1位になる。
課単位でも1位を記録する。
しかし行われたことは、特別な営業テクニックの導入ではなかった。
変えたのは、言葉の意味だけだった。
営業は科学化された。
しかし科学化されたのは手順であって、世界の見方ではない。
すると見えてくる。
営業成績の差は、能力の差ではない。
言語の差である。
では、営業という仕事を支えている言葉は、どのように再定義されると機能するのか。
