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リーダー3階層論考

ビジネスの現場では「リーダー」という言葉が頻繁に出てきますので、「リーダー」の定義をはっきりさせておきましょう。

あなたは「リーダー」を明確に言語化できますか?

ちょっと考えて言語化してみてください。

まずリーダーというのは役職や肩書ではありません。

企業などで「バイトリーダー」というアルバイトのリーダー的な肩書もありますが、必ずしもその肩書の人がリーダーとしての役目を果たしているかはわかりません。

また、本来リーダーというものは誰かに任命されたり、みんなから選出されるというようなものでもありません。

もちろん、一般社会ではそのような形式的なリーダーを必要とする場面も多いですが。

セミナーなどのグループに分かれて行うワークでも、主催者がチームリーダーを決めていることはありますが、そのチームリーダーにワークを有意義に活性化させるリーダーシップがないと場を読むことができ、かつリーダーとは何ぞやを理解している人は、チームリーダーをリーダーとして立てながらサポートをしているように見せて、グループでのワークを影から実質的なリーダーとして導く場合もあります。

これは会社などでも同じで、社長ではなく専務(社長の奥さん)が世間的にはリーダーである社長を支えている体(てい)で実際はリーダーだったり。

あるいは、隠居した会長が院政を敷いて社長を後ろからコントロールしてリーダーに仕立て上げていたり。

夫婦においても、亭主関白の真髄は『女房天皇』です。

関白とは天皇を補佐する立場で、表立って政(まつりごと)を行いますが、最終決定権者は天皇です。

ですから、普段は威張って亭主関白している人でも、本当の亭主関白は奥さんを天皇のごとく大切にしているのです。

端から見たら、その家庭は亭主関白の旦那さんがリーダーですが、実は関白を使いこなしてる天皇である奥さんが真のリーダーだったり。

女性の皆さんはデキる男に心酔される『女房天皇』を目指してください。

男性の皆さんは真の亭主関白として、女性がいつも安らかに笑顔でいられるよう政を行いましょう。

と、ここは僕の女尊男卑信奉の個人的な意見なので、適当に聞き流してください。

本題に戻ります。

また、ある集団において、ある目的においてはリーダーだが他の目的においてはリーダーではない場合もありますので、常に同じ集団でリーダーが固定されているわけではありません。

例えば、会社の売上目標を達成するためのリーダーも、業務終了後の飲み会ではおとなしくしていて、仕事中はウダツが上がらないベテラン平社員が宴会部長として飲み会のリーダーになる場合もあります。

また、その営業部署でバーベキューをやる時には、大学時代アウトドアサークルで遊びまくっていた入社1年目の新人君がバーベキューのリーダーとなることもあるわけです。

つまり、メタ思考ができる人は、その集団のその時の目的達成のためにリーダーが変わることを知っていて、場を見て自ら自然とリーダーシップを発揮するわけです。

もちろん、その集団の存在そのものにおける求心力となるリーダーは常に一人の場合がほとんどですが。

ですから、リーダーと一言で言っても、わかりやすいリーダーからわかりにくいリーダーまで様々なリーダーの在り方があるのです。

あるいは、リーダーとは二人以上の人間が集まった場所ではなく、自分一人に対してもリーダーは必要です。

つまり、自分を俯瞰して正しい方向に導くもう一人の自分がリーダーシップを発揮するわけです。

自分自身に対してリーダーシップを発揮できない人が、他人に対してリーダーシップを発揮することは難しいので、実は全員がまず初めに目指すべきは、自分自身のリーダーになることだとも言えます。

様々なことと自己同一化しているのが日常化している人にとっては、「自分をリードする自分?」とピンとこないかもしれませんが、よくマンガで「天使の自分と悪魔の自分」みたいなのが出てきて「天使は善行に導こうとし、悪魔は悪行に導こうとする」みたいな感覚ですね。

ヨガの文脈で言うところの「揺れ動く心は本当の自分でない。その心を見つめている動かないものが本当の自分」みたいな。

どの文脈で捉えて頂いても構いませんが、弱者は自分を俯瞰(一段高い第三者の視点で見ること)ができませんので、常にその場の感情に流されるわけです。

そんな弱い自分を、願望成就の方向に導いてくれるのが自分自身の中のリーダーと言えます。

つまり、自分一人であれ、夫婦や恋人同士という2人の関係であれ、3人のチームであれ、10人の部署であれ、100人の会社であれ、自分が所属しているその集団(あるいは個)の目的遂行の可能性が最大化されるように、陰日向に影響力を発揮する人がリーダーなわけです。

たとえ、自分一人に対してだけにでも自分がリーダーにならなくては、自分の目的の遂行は困難になります。

ですから、「私はリーダーなんて関係ありません」という人は、「私は一生不本意な人生でいいです」と言っているようなものなのです。

と、ここまでで自分なりの「リーダー像」はつかめましたでしょうか?

次に、『リーダーにおける3つの段階』についてです。

まずリーダーの第一段階。

知性によるリーダーシップ。

いわゆる下級強者みたいな感じです。

一所懸命に努力をして勉強して、実践して、成果も上げている人。

この段階のリーダーの特徴は

「自分は努力して成果を上げたんだから、努力もしない奴が成果を出せないのは当然だから文句言う暇があったら努力しろ!」

「正しい事を言って、何が悪い!」

という知性の力を振りかざすイメージで、いわば気走る感じ。

確かに、実力があるのは認めるけど、ちょっと人間的には近寄りがたいみたいな人っていませんか?

自分を強者だと思っている下級強者です。

経営者だと、会社の規模で言うと1人社長や、数人の会社、多くても10人くらいが限界かと。

社員がすぐ辞めたり、ナンバー2に裏切られたり、組織としては弱い状態のリーダーです。

会社の役職者だと主任とか係長レベルで、個人では仕事ができるけどチームとしての業績はイマイチなリーダー。

収入的には間違いなく平均以上は稼いでいます。

確かに、ある程度結果を出して稼いでいるので完全なる弱者ではありませんが、この段階のリーダーだと周りから嫉妬されたり、批判されたり、足を引っ張られたりもします。

しかし、本人にしてみれば、

「俺はみんなより勉強して行動もして結果も出して、正しいことを言っているだけなのに、なんで認めてくれないんだ!」

と挫折を味わったりもするでしょう。

それでも、頑張って関わる人を成功させようとリーダーシップを発揮しようとするわけです。

ここで、この段階のリーダーで終わる人もいれば、それでもめげずに努力を続けて次の段階のリーダーになる人もいます。

第二段階のリーダは「知性」と「理性」によるリーダーです。

さすがに、批判されても謙虚に努力を続けるレベルの人になれば、知性を振りかざしても人はついてこないと気づくわけです。

そこで、

「相手にも相手なりの言い分がある」

「人はそれぞれ価値観が違う」

「意識が低いと否定するだけではなく、いろんな人を上手く活かせなければ自分も同じ低レベル」

と理性的な判断をするようになります。

いわゆる才気走って独善だった第一段階から、理知的なリーダーになります。

第一段階のようなトゲトゲしさはなくなり、いかにも仕事ができそうな情熱と冷静のスキゾのようなイメージ。

部下がなにかアイデアを持ってきた時に、第一段階までなら

「そんなの俺は5年前から思いついてたよ!」

と自らの有能ブリを見せつけようとして部下を萎縮させてたが、

「おっ、君すごいこと思いついたね!こりゃ、俺じゃ思いつかんなぁ~。この調子でどんどんアイデア出してよ!」

と、部下がやる気になるように言葉を選ぶわけです。

もちろん全ての部下を無条件で褒めるわけではありませんので、最近好調な結果に天狗こいてる部下には褒める場面で、

「君、会社から与えられた目標を達成したくらいで満足するそんな意識の低い人間だったの?ちょっとガッカリだなぁ」

と目標達成しているのに褒めなかったり。

つまり、相手を動かすためにスキゾになって知性と理性をフル活用するリーダーです。

このレベルだと会社経営者なら社員50人以上とかでしょうし、大企業の役職なら部長職以上から取締役レベルではないでしょうか。

当然、収入でも年収1000万円は余裕で超えて、年収数千万円ってところでしょうか。

ちなみに、年収は経営者だと個人で役員報酬を高くすると所得税が累進課税で高くなるため、会社にお金を残して会社の経費として上手に自分の家や車や飲食代を賄っている場合もあるので、税務申告上の収入は高くない場合もあります。

あるいは、株式の配当として収入を得たほうが税率が低くなるので、役員報酬は低くして、株式配当での収入を高くしたり。

なので、表面的な年収が実際の生活の豊かさと必ずしもイコールではありません。

まあ、ジュパンセの文脈で言うところの強者です。

ここで「成功者」として甘んじる人も多いと思いますが、さらに努力を続けるて第三段階のリーダーになるとどうなるか?

第三段階になると「知性」「理性」に「徳性」が加わります。

自他の境界線が薄くなり、自分の成功ではなく、国家規模や人類規模での貢献を考えるレベル。

ジュパンセの文脈で言うところの「巨悪」です。

歴史を振り返っても明らかですが、理知だけでは大きな成功はできません。

理知がある人材を扱える「徳」がないと。

この「徳」のレベルが高ければ自分より「理知」が高い人が助けてくれます。

まぁ、雰囲気でいうと柔らかいけどある時研ぎ澄まされる瞬間があったり。

しかし、鋭い瞬間は弱者では感じ取れないので、このレベルのリーダーになると、一見すると普通の人に見えたり。

普通のじいさんだと思ったら、超大富豪だったりみたいな。

資産額は最低でも数十億円以上もっていて、その資産からのストック型収入で年収数億円といったレベル。

どちらかというと労働者(社長を含む)ではなく、会社オーナーや真の投資家的なポジション。

なんとなく、3つの段階のリーダーのイメージと、成長における必要な要素の違いはご理解いただけましたでしょうか?

わかりやすくするために、社会的地位や従業員数や収入などに置き換えましたが、営利を目的としないコミュニティなどにおいても、理想に燃えて正論を振りかざす「知性」のみのリーダーと、人の心も慮れる「知性」と「理性」のリーダーと、もう仏様じゃないかっていうような「知性」と「理性」と「徳性」を備えたリーダーと、いると思います。

また、この分け方はある種の固定点ですので、必ずしもこのパターンが全てに当てはまるわけではないですが、社会人経験が長かったり、小物から大物までいろんなリーダーに会ってきた人だと、結構臨場感が湧くのかなと。

あなたは、どのレベルのリーダーを目指しますか?

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