自分売りの功罪

人文科学

ここでは「自分売り」のテクニック的な側面ではなく、「自分売り」という行動を構造的に見ていきましょう。

一般的に「自分売り」というと、どんなことを想像しますか?

セールスの世界では

「商品ではなく自分を売れ!」

「まずは自分を買ってもらえ!」

などという教えがまかり通っています。

そのために、相手好みのキャラクターを演じたり、自分の素の部分(人間的側面)をみせることで、

「この人が気に入ったからこの人から買おう!」

「この人だったら信用できるからお願いしよう」

と、セールスを有利に運ぶのが一般的な自分売りです。

これについては良いも悪いもありません。

問題は「自分売り」を

「誰に」

「(自分の)何を」

「どのように」

売るかの方が重要だということです。

そして、

「自分を売ったことで何を得たいのか?」

という目的からの逆算。

この3つの要素は目的によって変わりますし、変えないと売れません。

また、これらを俯瞰できていないと、売れたは良いものの、後々自分が大変な思いをしたり、相手や周囲に迷惑をかけることにすらなります。

自分売りの「売れたのに失敗した例」をいくつかご紹介しましょう。

例1.「親切な営業マン」

アフターフォローが重要な商品を売っているある営業マンは「自分売り」が自慢です。

「お客さんはみんな、◯◯さんの担当がいい!」と言ってくれると豪語しています。

なぜ、そこまで言ってもらえるかは簡単。

「何かあれば、いつでも自宅にお伺いしてサポートいたします」

と、会社で提供しているアフターフォローにはないオーバーフォローを売っているからです。

しかし、この売り方だとお客さんが増えると共に、時間的にサポートが行き届かなくなります。

お客さんもオーバーフォローという条件に惹かれて買っているので、オーバーフォローがなされなくなると不満になります。

販売時に通常のアフターフォローが適切という価値観に変えるセールスをサボって、「なんでもしてあげます」を餌に楽して売っていたわけです。

お客さんの意識が低いまま安易に依存させて

「だったら、あなたから買ってあげるわ」

と、主導権がお客さんにある状態での契約。

確かに、商品ではなく自分(のオーバーフォロー)を売っています。

しかし、この営業マンは後々オーバーフォローが行き届かなくなりキャンセルや返金請求が頻発し、オーバーフォローを売れなくなったので新規の売上も上がらなくなり会社を辞めることに。

そして、会社がその人の抱えていた顧客に後任のサポート担当を紹介しても

「◯◯さんは、いつでも家に来てくれたのに、後任の方はそれをしてくれない」

と、クレームになり結局ほとんどお客さんは解約になってしまいました。

そのころ辞めた本人は

「やっぱり、私が担当じゃないとダメなんだな」

と自己重要感に浸っています。

会社は、大量の解約により評判がガタ落ちし、売上が上がった時の歩合給をその営業マンに支払ったのに、退職後にたくさんの返金請求が来たため大赤字になりました。

例2.生徒から大人気の予備校講師

ある予備校の講師は生徒から絶大な人気があります。

なぜなら、他の予備校講師がやらないような、無償の補習授業をしてあげたり、自分の授業時間外は生徒が溜まっている自習室前や受付前を巡回して、質問対応や悩み相談をいつでもしています。

そして、その予備校講師は

「生徒が可愛くて仕方ありません。みんなひっきりなりに寄ってくるので大変ですけど」

と、自分が生徒から慕われているのが何よりも自慢です。

しかし、予備校運営サイドは頭を悩ましていました。

なぜなら、その講師が過剰サービスをすることで、生徒から

「英語の◯◯先生は無料で補習をしてくれたり、いつでも質問対応をしてくれるのに、どうして数学や現代文の先生はやってくれないんですか?」

と、要望が殺到するわけです。

そして、その要望が通らないと生徒たちは不満を抱くわけです。

面倒見が良いその講師にしてみれば

「教育業はお金じゃありません!奉仕の精神こそ全てです!」

と崇高な理念を持っているので、自分の行動が問題だとは露程もおもっていないわけです。

しかし、「1コマ◯◯円」で生計を立てている予備校講師は、他の予備校との掛け持ちをしていてスケジュールがタイトだったり、良い授業を提供するために授業時間の3倍は授業準備に費やしたりと、過剰に質問対応をしたり、無償で補習授業ができるほど暇ではありません。

また、別途料金を払って個別指導を受けている生徒にしてみれば、その先生が長時間質問対応をして個別指導的なことを無料でやっていると、お金を払っている自分が損しているように感じるわけです。

さらに、超有名予備校でも授業を持っている本格派講師に言わせると、

「授業時間内で満足させるのがプロ。無償で補習をするということは時間内に必要なことを教えられない実力不足を露呈してるにすぎない」

「安易に質問対応をして生徒を依存させ人気取りをすることで生徒の自立を阻んでいる」

と苦い顔で言います。

実際に、過剰サービスの講師になついている大多数は低学力層の生徒たち。

今、勤務している場所がそういった生徒を対象にした補習塾で、運営方針として無料補習授業やいつでも質問対応をするなどを謳っていて、その分の給料ももらえる環境なら、その講師のやっていることは正しいでしょう。

しかし、場をわきまえない独善的な指導スタンスは、他の講師の評判を不当に貶め、生徒たちの不満足を誘発します。

当の本人はカリスマ講師気取りで気持ちが良いんでしょうが。

まあ、ここまで極端ではないにしても、

過剰サービス=自分売り

だと、誤解している人もいるかもしれません。

その結果、自分の首を締めたり、お客さんや周囲に迷惑をかけたり。

例3.「大御所に可愛がられる新人起業家」

ある新人起業家は、その業界の大御所に自分を買ってもらって、のし上がろうと野心に燃えています。

そのため、大御所の開催するイベントにはことごとく顔を出し、懇親会では近くの席に座って太鼓持ちをやります。

そのうちにセミナーの準備を無償で手伝うように申し出たりして、徐々に大御所に気に入られていきます。

そして、大御所がプロデュースをしてくれて華々しく業界でデビューをします。

プロモーションの動画では大御所が貸してくれた数億円の札束をテーブルに積み上げて自分が稼いだ風の演出もさせてもらい、その甲斐もあって多くの思考弱者がそれを信じて商品を買ってくれました。

売上の大半は大御所に取られてしまいましたが、表面上の売上は億を超え、いわゆる「起業半年で月収1億超え」というような肩書を手に入れます。

しかし、実質は宣伝広告費などの膨大な経費を差し引いて、大半を大御所や他の協力者に取られてしまい、手元には300万円程度の現金しかありません。

そのお金で1年間で400人ものお客さんをサポートしなくてはならないのです。

しかも、売上で億を超えるようなプロダクトローンチは年に何回もできません。

ですから、「起業半年で月収1億超え」の新人起業家の内情は年収300万円で、抱えたお客さんのサポートと返金請求に追われる地獄の日々。

それなのに、大御所からは

「誰のおかげで月収1億円の肩書が手に入ったと思ってるんだ?」

と、ことあるごとに呼び出されてはこき使われ、汚れ仕事をやらされます。

もう、大御所とは縁を切りたいけど、下手に買ってもらってお世話になってしまっているので、今更縁を切ったらもう業界では食べていけない。

一般の人からみたら「月収1億超えのネットビジネス成功者」と言われている起業家の自分売りの悲惨な末路。

いかがでしょうか?

自分を売って上手くいった例は武勇伝として語られますが、自分が売れたはいいもののマイナスになっている人も少なくありません。

そして、そういった話はあまり表に出てこない。

これらの例は僕が見てきた実例です。

「自分売り」って売っている感が出ると、あざとさを見透かされて買ってもらえませんし、売る相手や売るモノを間違えるとまさに奴隷です。

自分売りが飛躍の機会になるのか、人身売買になるのかは、あなた次第です。

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